【経験者が語る】浪人することの意義とは
こんにちは、リサです。
デスマス調を一回辞めてみます。笑
浪人することは、悪いことではないと考える。
私には浪人した経験がある。
そして浪人したおかげで、自分と向き合うことができた。
今回は「浪人」について考えてみたいと思う。
※この記事は1200文字程度なので2分ほどで読めます。
自分への理解
なんとなくランクの高い大学を選んで、なんとなく興味のありそうな学部に入るくらいなら、浪人した方がいい。
浪人したからこそ、そう思う。
浪人することで、自分と向き合うことができるからだ。
- あなたはどんな人か
- あなたが1番熱意を持っていることは何か
- 今までどんな人生を送ってきたか
- その人生を形成している大きな柱は何か
- 今、学生の本業ー勉強ー以外でどんな活動をしているのか
- 将来目指すゴールは何か
- これからどんなことをしていきたいのか
これらの質問に簡潔にパッと答えを出すことができているのなら、進路など迷わないはず。
そもそも大学という選択肢が外れる人もいるかもしれない。
大学進学なら、大学も学部も明確に決まっているだろうし、そこに向かって勉強する明確な動機、意志があるはずだ。
でもそうでないのなら、まだ受験は早い。
自分を理解せず、ベストな決断をするなど不可能だからだ。
- なんとなく将来性がありそうだからここに行く
- なんとなく興味があるからこれを勉強する
- なんとなく好きだからこの学部にいく
この程度の動機では、親の金をドブに捨てるだけではなく、4年間というお金では買えない貴重な時間を犠牲にすることになる。
経験上、文系に特に多い。
とりあえず早稲田慶應の政治経済商学部などなど全部受ける…みたいな。
最近本を読んで思ったが、やろうと思えば大学に行かなくても本から自分で勉強できる、
少なくとも、大学1、2年でやる程度のことなら
しかもずっと少ない経費で。
自分と向き合う勇気
今やるべきことは、実態の無い将来像に基づいた進路選択をし、とりあえずそのために勉強することではない。
そもそもそういう感じで勉強すると大体第一志望校には行けない。
厳しい話をするようだがそれが現実。
それは、私自身が経験したことだ。
本当にすべきことは、自分と向き合い自分を真に理解すること。
普段我々は周り、つまり自分の外側にばかり意識をとられてしまう。
それは世の中の構造上仕方ない。
しかしだからこそ、自分と向き合う機会や時間を設けることが大切である。
残念なことに、学校な家でもこのような機会を十分に与えてくれるところは皆無。
私の記憶では学校の道徳で3時間、紙とテキストで3ページくらいで「てきとうに埋めてみて〜」程度だった。
今受験という人生の大きな決断を迫られているからこそ、焦って検討不足な決断をしては、貴重な機会を無駄にすることになる。
現役で一度機会を無駄にしてしまったのであれば、浪人することは決して無駄ではない。
浪人して、今度こそ自分と向き合う、それが本当の意義だと思う。
<ではまた今度、Salut!!>